『どんぐりファイターズ』誕生秘話、っていうか足跡

ACT1 どんぐり結成前夜


 松田優作が最後の輝きをフィルムに焼き付けた『ブラック・レイン』公開の年。
 1989年。
 どんぐりたちは練馬区関町北にある「ビデオR関町店」で出会った。

 夜のシフトで独身男にエロビデオを貸し出しまくっていたじょー(当時
25歳)。昼のシフトで有閑マダムに妖しげなエロビデオをときおり貸し出してい
た河原(当時26歳)。ふたりは勤務時間帯が違うことから、あくまでも顔見知り
程度の仲であった。
 お互いにバンドをやっていることは知ってはいたものの、河原はアイドル系飯
島愛派、じょーはスレンダー系前原祐子派という些細な趣味の相違から、深い友
人となることはなかった。

 とある日の深夜。いつもの通りたらたらと夜の勤務をしていたじょー。そろそ
ろ返却されたビデオを棚に戻さなきゃなー、めんどくせーなー、ちっちゃいこざ
るかなんかがウキャキャと棚に戻してくんないかな、ほらあれみたいな、マルコ
が肩に乗っけてるヤツ、白い小猿、なんだっけー? なんてことを考えている
と、異様に細い人影がカウンター越しに声をかけてきた。
「アメディオですよ」
 いや、もとい、
「RUSH好きなんですか?」
 そのとき店内にはじょーが勝手にかけていたBGM『TOM SAWYER』が鳴り響い
ていたのだ(ちなみに昼間はRIBBONの『あのコによろしく』がかかっていた。お
気に入りは永作)。
 その、自動ドアが反応しないのではないかという細い人影こそ、第三のどんぐ
りメンバー、坂井(当時22歳)であった。客として来店した店で、玄人ファンの
みを惹きつけるRUSHを耳にして、坂井のベース魂が揺さぶられたのだ。
 ところでなぜ、細い人に限ってベースを演奏するのだろう? 己の細さが、逆
に大きな楽器を求めるのだろうか? それを言うなら、なんでじょーはドラムな
のか? 初対面の人間に「バンドやってます」というと、なんですぐに「ドラム
でしょう?」と言われてしまうのか? ウガンダ・トラの呪いだろうか?
 というような形而上的な命題はさておき、こーして知り合いになったふたり。
その後足繁く通うようになった坂井(人妻系小林ひとみ派)とじょーは、急速に
親しくなってゆく。

 昼と夜のシフトが重なるときに知り合った、河原と坂井はマイナーなプログレ
の趣味が重なり親しくなる。じょーと河原はニール・ヤングやツェッペリンなど
の渋目のブルースロックや歌もの系で、じょーと坂井はメジャーなハードロック
系やホラー小説などの趣味でお互いをより深く知ることになる。三人の重なる共
通言語がまったくない。
 ふつー、こんなんでは、バンド結成を考えるヤツはいない。
 当然、三人もそんなことは考えてはいなかった。

 じょーのシフトが昼間に変わり、3年が過ぎる。
 ほぼ毎日顔を突き合わせ、じょーと河原は、ほぼその趣味や性格を完全に把握
しあうことになる。人間、やはり時間をかけて知り合うに勝ることはないのであ
る。ちらっとドラマで共演して夜中に六本木の飲み屋でデートする程度で電撃入
籍したところで、長続きはしないのだ。
 そう。実際やってみないと分からないことは多い。じょーが大学の友だちとバ
ンドをやろうとしたとき、試しにスタジオに来た河原はなんとなく他のメンバー
と反りが合わずに加入を断念したという出来事もあった。
「お前が思ったより使えるドラマーだったんで驚いたよ」
 スタジオからの帰り際、河原がぽつりと言う。
 河原が腰掛けたガードレールの向こう側を、宇部生コンのミキサー車が疾走し
ていく。
 いつもバカ話をしているときには見せない真剣な表情を隠すように、河原は走
りすぎる車のテールランプを目で追う。生まれた沈黙を埋めるかのように、筋向
かいのファミマの自動ドアから「たらりらりり、たらりらり〜」といらっしゃい
ませサウンドが流れてくる。
 じょーは何も言えず、立ちつくす。
 河原は、絞り出すように一言を吐き出すと立ち去った。
「でも、あのメンバーとじゃ、腕が腐るぞ」
 う〜ん、ここらへん、ちょっとカッコいい。

 その河原の言葉が胸の奥ににっかかったのだろうか。じょーはその直後、バン
ドを抜けることになる。また、河原も同じ頃にフリーになった。
 じょーは半年間、一切スティックを握らない生活が続き、河原もシールドをア
ンプにつなぐことはなかった。

 捨てる神あれば拾う神あり。壁に耳あり障子に目あり。よく分からないが、こ
ういうときにはなにかしらのきっかけが、向こうからやってくるものなのだ。
 その「なにかしら」は坂井であった。この日も自動ドアの前で4回ほど飛び跳
ねてやっと入店した坂井は、キング・クリムゾンの『RED』という曲を話題に
持ち出した。渇いた大地に水が吸われていくかのように、なぜか三人の脳裏にそ
の曲のフレーズが染みついていった。上っ面では会話していても、頭の中のプレ
イヤーでは、何度も何度も『RED』が鳴り響く。出かけに「女ののど自慢」な
んかをうっかり見てしまった日の、『悲しみ本線日本海』のように。
「遊びでやってみない?」
 そう提案したのは誰だっただろう。
 とんとん拍子に話は決まり、三人はそのままオープンしたばかりの貸しスタジ
オ「スタジオラウム335」へと向かった。

 胸のどこかにほんの少しの希望を抱いて。 (Text by Roy)

ACT2へ続く


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